過ぎたるは及ばざるが如し

日常

設計変更

今は関西のとあるメーカーで電気回路の設計に関わっているんだけど、一番頻繁にやる業務は製品の仕様を変更するための手続き。

 製品に使用されているパーツが色々な理由(コストダウン、現行部品の生産終了など)で変更になるときに、変更の内容を技術部以外の部署に説明・周知するための文書作成とデータサーバーの更新などが含まれている。

 この業務では技術部以外の人たち、つまり製品の技術的な面にはそれほど明るくない人たちに変更内容、安全性を説明する必要があるんだけどこれがなかなかに骨が折れる。その部品は何のために存在していて製品のどんな動作に関わってくる部品なのか、部品の仕様書に記載されている項目は製品にどのような影響を与えるのか。上手いこと説明する必要がある。

 逆にあまりに詳しく説明しすぎると逆効果。自分でもうまく説明できないようなことをうっかり喋ってしまえば、そこを突かれてもう防戦一方になってしまう。

 別部門の人に説明するときに、要求されているわけでもないのに部品の図面を見せてしまったのがまずかった。その図面は自分自身まともに説明できないものだったのだ。その図面の項目について教えてもらえませんかと頼まれたけど、それは無理だった。

未知は恐れられるもの

 人は自分がよく分からないもの、知らないものを恐れる傾向がある。よくわからない部品に変更することをOKしてくれる人はそういない。結局調べなおしてもう一度見せることになってしまった。

 幸い突っ込まれた図面の意味を自分でちゃんと調べたら問題はなかったので、改めて説明することで承認はもらうことができた。業務に深刻な遅れをもたらすことはなかった。

製品を説明するときによくわからない情報を提示されると、人はその製品を扱いが難しいもの、使いにくいもの、危ないものと認識してしまい離れていってしまう。

 例えばiPhoneはメモリ(RAMの方)の容量を公式には公表していないし、任天堂はSwitchの具体的な性能をほとんど公表していない。それはあまり機械に明るくない人にハードウェアの小難しい項目を紹介しても、効果がないどころか難しそうという印象を与えて敬遠されてしまうことを知っているからなんじゃないかと思っている。

 詳しく説明すること、情報を何から何まで公開することも大切だけど、それがいつも正しいとも、自分にとってプラスになるとも限らないということがわかった気がする。

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